病理センター構想:着想の背景、意義、現状及び将来について
背景
わが国の一般病院における病理診断体制の歴史
1. わが国では大学病理学教室は主に形態学を基盤とする病気の成り立ちの研究を本務としてきた。このため、1970年代以前には研究を終了した多くの医師は臨床科へ移動していき、ごく少数の病理医が例外的に病院に勤務し、病理診断業務を行っていた(一人病理医)。
2. 1970年代後半に入ると一般病院の病理業務が増加して、一人病理医では十分な業務対応が困難となったため大学医局から病理医が派遣されて診断業務の補助を行うようになった。やがて二人の常勤医体制を取る病院も出現してきたが、主流は一人病理医であった。
3. 一人病理医は休みが取れない、診断に苦慮する時に身近な相談相手がいないなどの問題点を抱えていた。二人病理医体制では当番制や診断内容に関する相互の思惑や意見の相違などにより、病理医が協調して業務を遂行する環境にない場合が多々見られた。
4. 歴史的にみて一人あるいは二人の常勤病理医体制は事前の十分な検討と計画・準備のもとに実施されたものでなく、上述した無計画な”自然の成り行き“の結果であるため本来受け身の体制である。このため当初より多くの課題を孕んでいたが、最大の問題はマンパワーの不十分な中で計画的な業務運営ができないことであった。
5. 米国ではわが国とは異なり病理医がグループを形成して集団として病理業務を受託してきた。
保険医療機関間の病病(病診)連携による病理診断の導入(厚生労働省)
病理診断はがん医療の出発点として位置づけられる重要なものであり、わが国の医師免許を有する病理専門医によって担われる。しかしながら、わが国では病理専門医の数が少なく、多くの医療機関では常勤病理医が不在である。このため、厚生労働省は平成17年(2005年)に総務課長名で”保険医療機関間の病病連携による病理診断”に関する通知を出した。常勤病理医の勤務する地域の基幹病院は病理医不在の医療施設より病理診断業務を受託することができるというものである。
病病(診)連携による病理診断体制の整備
従来、病理医不在の小規模医療施設(A)は”病理標本”を作成のうえ病理医の常勤する基幹病院(B)に病理診断を委託することになっていた。このためAは病理検体を民間検査会社に送付して、病理標本を作成のうえBに病理診断を委託しなければならない。
このシステムは病病連携を普及させるうえで大きな障壁となっていた。このため、2017年6-8月に厚生労働省保険課(課長補佐、主任)を訪問し、以下の要請とその根拠を説明した。「病病連携における病理診断において“病理標本”に加えて“病理検体”そのものを受託施設へ送付し、病理診断依頼ができるように制度を整えていただきたい」。その結果、2018年4月より、“病理検体”を送付して病理診断を委託することが可能なように制度が改善された。これにより病病連携による病理診断への道が大きく開かれることになった。
徳洲会病理部門の整備
徳洲会医療施設の状況
徳洲会は全国に70以上の一般医療施設を展開するわが国を代表する医療集団であるが、小―中規模の施設が大半で、病理業務量も一般医療施設より少ない。しかしながら、がん医療への対応策の一環として病理機能を整備する必要があった。規模が小さいこと、伝統的に救急が医療の中心であることなどのため、剖検を除く病理業務量は少ない。このため一人病理医体制が常態化して病理機能の維持、充実が困難な状況にあった。
病理センターの設立と展開
徳洲会は鹿児島離島に多くの小規模病院を運営しており、いずれも病理検体は民間検査会社に提出されていた。福岡徳洲会病院には常勤病理医が一名の技師とともに勤務していたが、一人病理医であり、年間の病理組織診断件数は3,000件に満たないものであった。
そこで2016年、福岡徳洲会病院に徳洲会九州・沖縄病理診断研究センターを設置し、鹿児島離島及び沖縄の宮古島、石垣島からの病理診断の受託を開始した。その結果業務量、人員ともに増加し、現在は常勤病理医4名、非常勤医数名、病理技師8名の体制となっている。
九州・沖縄病理センターの良好な運営状況に確信を得て、その後、大阪、藤沢、出雲、名古屋に病理センターを設置して病理業務、人員ともに拡充させている。
表1 徳洲会病理センター(2023年)
センター名 |
所在地 |
常勤 病理医 |
非常勤 病理医 |
病理 技師 |
病理組織 診断件数 |
細胞診 件数 |
剖検数 |
九州・沖縄 | 福岡 |
4 |
6 |
8 |
10,107件 |
7,081件 |
5例 |
山陰 | 出雲 |
3 |
3 |
2~3 |
2,918件 |
1,359件 |
0例 |
大阪 | 八尾 |
4 |
4 |
7 |
9,748件 |
16,561件 |
19例 |
東海 | 名古屋 |
2 |
1 |
3 |
2,515件 |
2,156件 |
8例 |
辻堂 | 藤沢 |
2 |
3 |
6 |
10,069件 |
9,040件 |
8例 |
病病連携の拡充
病理センターの人員増大、設備の充実は病理機能の向上につながり、病病連携は当初の徳洲会病院のみでなくセンター周辺に位置する一般医療施設へと拡大している。常勤病理医不在の周辺医療施設の生検や手術標本の病理組織診断、細胞診、術中迅速診断、剖検の委託を受け入れることにより、地域医療に貢献している。
病理センターのメリット
徳洲会は2016年以来、人員、機材などを集中させた病理センターを全国の5地区で運営している。人員と業務量の増加とともに収支状況も安定的な運営を可能としている。病理センターのメリットを表2にまとめた。
表2 病理業務のセンター化によるメリット
業務の集中による診療報酬の増加(安定した運営) 人員の集中による余裕ある柔軟な病理業務運営 設備の充実 学会参加や研修機会の増加 豊富な症例を用いた臨床研修の実施 |
病理業務体制のnew paradigmとしての病理センター
大学病理学教室、病理診断科で病理経験を積んだ病理医の多くは人員規模の小さい市中病院(大学関連病院)に勤務することが通例である。関連病院の少ない大学に在籍中の病理医にとって勤務場所の選択の幅は狭い。また、関連病院病理診断科では一人病理医が依然として主流で、数少ない人員で時間的制約の多い勤務の中では夢のある次のステップは描きづらいのが現状である。病理センターを中心とする病理運営には以下のメリットがある。
- 大学間の壁に左右されない自由な勤務空間
- 充分な人員のもとでの計画的な運営
- 余裕のある勤務条件の設定
- 研究、研修機会の増加
以上に述べた分析と経験により、病理センターを基幹とする病理診断体制の整備と運用はわが国の実情に即したものと確信し、その普及に期待したい。