留学体験記
福岡徳洲会病院 病理診断科・病理診断センター 瀧澤克実
- 留学の経緯
- How much does it cost? (留学にかかった費用)
- 3世代5人でのアラバマ & UAB生活
- 続く道
はじめに
2025年の8月から2026年の1月の半年間、アメリカアラバマ州にあるUniversity of Alabama at Birmingham (UAB)の分子病理教室、Genomic Diagnostics & Bioinformaticsで主に分子病理を学んできました。受け入れてくださった原田秀子教授はじめUABの先生方、技師さん、bioinformaticianの皆様、留学中も支えてくださった福岡徳洲会病院病理の後藤先生、安達先生、そして留学先の紹介から全てにおいてお世話になった鍋島先生、海外留学支援システムの導入と予算化を承諾し現実のものとしてくださった青笹先生はじめ、徳洲会病理部会の皆様に心より感謝いたします。
1.留学の経緯
元々、漠然と留学への憧れを持っており、入局して2年目に留学の話をいただいたこともありましたが、その時は実現には至りませんでした。その後、病理専門医や学位をとり、私生活では母にもなるうちにいつの間にか留学の夢も忘れていました。そうした中で病理医13年目の2023年に福岡徳洲会病院に配属となりました。
鍋島先生、後藤先生の元での幸せな病理医生活がスタートし、後藤先生の留学の話を聞いて、かつての留学への憧れを思い出していた矢先に、鍋島先生から「瀧澤先生も行っておいでよ。」と思いがけないお言葉をいただきました。
「いや、私、でも子供もいるので。」と返すと、「お子さんの方が海外生活楽しみますよ。是非一緒に。」
「え、本当に?行っていいんですか?」
夫は仕事があるため、リタイアした両親に子守りのために半年留学ついてきてくれる?と聞くと快く「いいよー」と言ってくれました。
鍋島先生に、許されるなら一度は海外で学びたい思いを伝えると、「それなら秀子さんのところなんていいと思うよ。」と、UABで分子病理の教室を立ち上げ、シングルテストからNGSの導入まで一から研究室を作り上げてこられた原田秀子教授を紹介してくださいました。原田先生の専門は分子病理ですが、乳腺病理も一部診断されていると伺い、もともと乳腺病理に関心を持っていた私にとってはそこも魅力的でした。分子病理専門医をとろうと思っていた矢先でもあり、今後の病理診断において分子病理が果たす役割の大きさや、アメリカがその分野で先行していることを考えるとこれ以上ない留学先だと感じました。
本当に行っていいのか、行けるのかを何度も心の中で繰り返しながら、「でも、こんなチャンスを逃すときっともう留学のチャンスはない。」という思いも強くなっていきました。
徳洲会病理部会海外留学支援の設立
幸運に飛びついたはいいものの、後藤先生の体験記にあるように、福岡徳洲会病院に5年以上勤務していると福岡徳洲会病院から留学支援として平時の6割程度の給与をいただけるのですが、私は5年に満たないため支給資格が得られないということがわかりました。それも仕方がないと半ば諦めていたのですが、なんと病理運営機構会議にて2025年度から海外留学支援のための病理部門横断的経費が採択され、私は晴れてその支援を初めて受けることとなったのです。鍋島先生の提案と、挑戦する若手にチャンスをという青笹先生の寛大な支持のもと、運営機構委員の先生方の賛同を得て誕生したのでした。元々徳洲会病理部会の学会や学術支援などの手厚い支援には驚いていたのですが、海外留学にまで配慮していただけたことには感謝してもしきれません。この体験記を書きながら、今後も徳洲会病理部会のために何か貢献できることはないかと考えています。
留学準備
半年の留学に当たってはビザが必要です。私の場合はJ-1、子供はJ-2、両親はB-1でしたが、私のJ-1ビザをとるためにまずはUABと連絡をとって、英語力や医療保険の審査、予防接種や抗体価の提出など沢山の書類のやり取りが必要でした。
1つ、予想外の事態だったのが、やっとビザの面接予約まで漕ぎ着けた3日後に、トランプ大統領からJ-1ビザの新規面接予約を中止するとの発表があったことです。
本当に私や家族みんなのビザが無事に取れるのか不安でいっぱいの中、渡米予定から逆算した期限一杯まで試行錯誤しながら、何とか準備を整えることができ、子供達が夏休みに入った7月下旬に渡米し、私は8月からUABでの研修を、子供たちは現地の公立小学校への通学を開始できました。
2. How much does it cost? (留学にかかった費用)
後藤先生が具体的な金額まで書かれているので、私も誰かの参考になればと小学生2人、私、両親含む5人での渡米、生活費用を簡単に記載してみようと思います。
まずは飛行機代ですが、渡米先のバーミングハムへは直行便がないので、行きは羽田-ダラス-バーミングハム、帰りはロサンゼルス-関空の往復航空券をJALでとり、一人あたり30万程度でした。国際線に子供料金はないのと、行きの福岡-羽田や帰りのバーミングハム-ロサンゼルスは別途かかっています。
次に住居費についてです。アメリカは家賃が高いとは聞いていましたが、本当に高かったです(アラバマはそれでもマシな方らしいのですが)。
UAB(downtown)から車で20分ほどの治安がいいエリアのアパートメントの1室で、2ベッド2バスルームの物件が見つかり、家賃は月2400ドルでした。
その他に、電気代が約200ドル、水道代が約130ドル、WiFiが70ドル。渡米中の平均換算で(1ドル=155円)月額合計で2800ドル≒434,000円程かかりました。
次に車がないと生活できなかったため、私は6か月レンタルを選択しました。
最初は荷物や購入する家具があるのでミニバンを借りて、その後Turoというアプリで個人から4か月間借りて安く抑え、後半にはアラバマから家族を連れて色々な場所に旅行に行ったため、その前後で空港の大手レンタカー会社で3回ほど借り換えをしました。
結果的に平均で月に20万(保険料含む)程かかったのではと思います。
アメリカは車の売買が非常に簡単にできるので、半年以上住む場合は中古の車を購入して帰国前に売却することを強くお勧めします。
最後に食費についてですが、家族構成や外食の頻度で大きく変わると思います。ざっくりの感覚ですが、スーパーで購入する食料品はものによっては日本よりも安いものもありますが(フルーツや、コストコなどで肉を大量購入する場合)、平均すると日本の2倍ほど、外食は日本の3倍ほどはかかるなという印象でした。
3. 3世代5人でのアラバマ生活
後藤先生に倣って、まず私のアラバマでの生活を記載してみたいと思います。
| 6:00 | 起床、朝食 |
|---|---|
| 7:00 | 子供達がスクールバスに乗るのを見届けてから出勤 |
| 8:00 | UABに到着 その日あがってくる症例の下見や予習 |
| 11:00 | 月曜日と水曜日はdivision meeting (月曜は先週の検体数やTAT、今週の予定を技師さんが、水曜はbioinformaticianが進捗状況や研究成果等のプレゼン) |
| 12:00 | ランチ、定期的に開かれるレジデントに対するレクチャーやグランドラウンドがあれば参加 |
| 13:30 | 月・水・金は婦人科カンファ、火・木は乳腺カンファ(ティーチングスコープで顕鏡しながら) |
| 14:00 | 外科病理全体のconsensus meeting |
| 15:00 | 火曜日は問題症例や面白い症例のmolecularのcase review その他の時間は症例の予習や復習、途中から少し下見や研究でお手伝いできることがあればデータの入力作業など |
| 17:30 | 退勤 |
| 18:30 | 帰宅後、母親の作ってくれた夕食 |
| 20:00 | 風呂、子供と遊ぶ |
| 21:30頃 | 子供と一緒に就寝、起きれたら勉強してましたが、半分くらいは一緒に寝落ち |
平日は基本的に両親が食事を作って、洗濯などもしてくれたので、日本にいる時よりも家事からは解放され、平日の夜でも子供と一緒に英語でアニメを見たり絵本を読む時間を作れていました。週末は買い物に行ったり、留学の後半では環境にも慣れてきて、家族で何回か旅行にも行きました。
UABは病院を含めたとても大きな施設で端から端まで歩くと1時間くらいかかる程でした。私は駐車場から教室のある建物まで、施設内の周遊バスを使っていました。
アラバマ州の人口は福岡県と同じくらい(約500万人)ですが、UABを中心に非常に集約化されており、外科の組織検体数だけでも年間6万件近く、分子病理学的検査の症例だけでも年間5800件ほどあります。教室で実施している検査内容はNGSだけでなく、個別のreal-time PCRやT & B cell clonality、MGMTやMLH-1のメチル化解析、1p/19q欠失解析ならびに薬理遺伝学関連検査、FISHなど非常に多岐にわたります。
NGSもamplicon-basedとhybrid capture-based、DNAとfusion検出用のRNAもしくは両方のものと様々な検査を実施しており、最初はそれぞれが何の検査なのかさえ分からず、しばらくは原田先生の後ろでサインアウトするところを見学させてもらっていました。
NGS症例は7割以上が血液腫瘍の検体なので、日本で血液腫瘍をまともに診断したことのなかった私は血液疾患を本当に基礎から学びなおし、聞きなれない遺伝子名と仲良くなることから始めました。驚いたのは日本ではまだ制度上の制限もあり、容易にはオーダーしづらいNGSを、UABの血液内科では初期診断目的はもちろん、再発評価も含めた治療後のフォローにも使用しており、それも何度もオーダーしていました。
固形腫瘍のNGSに対する敷居も低く、病理医自身が診断のためにオーダーすることも多々あり、特に軟部腫瘍などはNGSの結果を待ってから診断する症例もありました(NGSのTATも早い!)。
Bioinformaticianの方に私は日本で会ったことがなかったのですが、UABでは分子病理専属の方が3人おり、常にフル稼働されていました。実際何をしているのか見せてもらい、生データの処理過程をhands-onセミナーで自分で行ってみることで、分子病理専門医試験前に丸暗記しただけの単語たちが一気に繋がった感じがしました。
また、原田先生は1ヶ月に1週間だけ乳腺病理の診断もされており、その1週間は私も一緒に検鏡させてもらい、見慣れたHE染色の景色に癒されていました。病理医ではなく専属の技師さんがする切り出しを見せてもらったり、音声入力で詳細な肉眼所見を診断文に載せるなど、日本との違いが新鮮でした。
4. 続く道
振り返るとあっという間の半年間でしたが、本当に沢山のことを経験させていただきました。英語に関しては、この留学中ずっと苦労しっぱなしで、とても流暢に話せるようにはなりませんでしたが、今後も勉強を続けていくいいモチベーションができたと思っています。
アラバマで頑張っている日本人の方々と知り合えたことも人生における大きな学びでした。今回の留学でできた色々な国の友人や日本人の方との交流は、今後も続けていきたいと思っています。
娘は日本よりもアメリカの自由な雰囲気の学校を気に入り、帰国前は帰りたくないと泣いていました。中学生になったら一人でアメリカ留学すると言っています。3世代5人の各々の道の中で、アラバマでの半年間が今後も様々な形で活きてくれればいいなと思っています。
分子病理とそれに関連する臨床の発展は目覚ましく、きっと近いうちに日本でもより身近になってくると考えます。その時に、私がこの半年で学んだこと、そしてこの留学をきっかけにこれから学んでいくことを活かして大いに貢献できるよう、これからも病理医として精進していきたいと思います。
